──「なんで、涙が止まらなかったのか。」
それが、『タコピーの原罪』を読んだあと、私の中に残った最初の問いでした。
子ども向けのように見える絵柄。でも描かれているのは、あまりにも生々しい“罪”と“感情”。
中でも注目したいのが、「しずか・まりな・東」という三人の関係です。
これは単なる「いじめの構図」なんかじゃない。「誰かを救いたかった」「誰かに見てほしかった」という、小さな心の叫びが、狂気と悲劇に変わっていった物語。
この記事では、『タコピーの原罪』のあらすじと共に、この三人の複雑すぎる関係を、感情のレイヤーから読み解いていきます。
『タコピーの原罪』とは?──ハッピー星人が見た地球の闇
- 作者:タイザン5
- 掲載:少年ジャンプ+(2021年12月〜2022年3月)
- 巻数:全2巻(上下巻構成)
地球に降り立ったハッピー星人「タコピー」が、偶然出会った少女・しずかを“ハッピー”にしようとする物語。
──でもその純粋さが、悲劇を生み出してしまう。
「幸せになってほしい」たったそれだけの願いが、なぜこんなにも人を傷つけてしまうのか。
可愛らしい見た目とは裏腹に、人間の本質と“赦し”を問う物語として、多くの読者の心に爪痕を残しました。
あらすじ|それぞれの“罪”が、交差していく
舞台は2016年の日本。小学4年生の少女・しずかは、同級生から日常的ないじめを受けていました。
そんなある日、宇宙から「ハッピー星人」を名乗る不思議な生き物・タコピーがやってきます。
彼の目的は、“地球人をハッピーにすること”。
無邪気に道具を使い、しずかを救おうとするタコピー。しかし、人間の複雑な感情や事情を知らない彼の善意は、時に凶器になっていくのです。
まりなという少女の“死”を境に、物語は思わぬ方向へ──。
共犯関係に飲み込まれていく東。
過去をやり直すために禁忌を犯すタコピー。
「救いたかった」だけの想いが、“原罪”となって、子どもたちを押し潰していきます。
キャラ紹介|“罪”を抱えた三人の子どもたち
◆ しずか(久世しずか)
表情のない少女。クラスでいじめを受け、家庭でも孤立しています。
母はネグレクト気味で、家にいるのは愛犬チャッピーだけ。
でも、しずかは強くて優しい。誰かを傷つけることより、「見捨てないで」と願う心を捨てられなかった。
タコピーとの出会いで、彼女の中の“壊れていた部分”が、少しずつ動き出します。
◆ まりな(雲母坂まりな)
いじめの主犯格。でも、それは単なる加害者ではありません。
家庭では母親に過剰な愛情を注がれ、「優等生」であることを強いられていたまりな。
「しずかのことが羨ましかった」──その気持ちを、うまく表現できなかっただけ。
彼女の死は、「この世界の不完全さ」を最も象徴している瞬間かもしれません。
◆ 東(東直樹)
学級委員長であり、まりなの元カレ。
しずかを気にかけつつも、自分の立場を守ることに必死だった少年。
母親からの過干渉、兄との比較、そして道徳のジレンマ。
最終的に彼は、自分の罪を背負う道を選びます。東の選択は、“贖罪とは何か”を問いかけてきます。
5. しずか・まりな・東の関係がヤバすぎる理由
- “救いたい”と“認めてほしい”が交差する心の闇
しずかは、「見てほしい」と願いながらも、「面倒な存在」として切り捨てられそうになる恐怖を抱く。
一方まりなは、「しずかより優れていたい」という焦りを、タコピーという“第三者”の登場で爆発させる。
東は、「自分を肯定されたくて」クラスで良い子を続けるが、その“立場”が三人の均衡を崩す引き金になっていく。 - 三者三様の自己正当化と罪の意識
まりなは“優等生である自分”を守るため、しずかを傷つけた。でも本当は自分の弱さから逃げたかっただけ。
東は“道徳的でありたい”という理想と、“関係を壊したくない”という恐れの狭間で迷い、最後には罪を背負う決断をする。
しずかは“被害者”でありながら、“救われないこと”の重責を自分の内側に抱えた。 - タコピーという鏡が浮かび上がらせた本音
タコピーは“無邪気な異物”。彼の介入によって、三人の心の奥底にあった本音が、次々と浮き彫りになっていきます。
「救いたい」という善意が、時に“誰かを消してもいい”という歪んだ思念になっていく──その“境界線”が、この三角関係の恐ろしさです。
6. 感情批評 × 構造分析
感情批評:共感のカタルシスが胸をつく
読者は“しずかを救いたい”気持ちでページをめくるけど、同時に“まりなを許せない”という衝動にも駆られます。
それは、誰の感情が正しくて、誰の罪が重いか、答えが出ない境界線の中にいるから。
東の「自分も何か間違っていたかもしれない」という遅い後悔には、読後でも胸が締めつけられる余韻が残ります。
構造分析:伏線と対比で描く罪の重層構造
・**「仲直りリボン」**──優しさの象徴のはずが、死に至るほどの悲劇を生む皮肉。
・**「ハッピーカメラ」**──過去に戻りたい願望を醒ます鏡。そのせいでタコピーは人間の“救いの限界”を知る。
・**「旅の終着点」**──タコピーと子どもたちの旅は、赦しを求める旅であり、赦されない運命を知る旅でもあった。
細部に埋め込まれた“幸せと罪の対比”が、最後の“原罪”へ収束していく構造は、計算されつつ、胸を打つ衝動があります。
7. なぜ今、この三角関係が響くのか
令和の時代、「救い」と「孤独」は表裏一体。
- SNSや見える化された人間関係の中で、“認められたい”という渇望が空回りしやすい。
しずか・まりなが抱える、“他者の承認”への渇望が刺さる理由です。 - 学校や家庭、社会が個人に過剰な役割を期待する中で、「良い小学生」「良い子」であることの重圧は、東の心に見え隠れします。
- そして今、誰かの“救い”を描く物語が求められている。
でも本当にそれは“救い”なのか?──そんな問いが、タコピーを通して私たちの胸に刺さるのです。
まとめ|“原罪”は、誰の中にもある
しずかは「見捨てられたくない」、まりなは「正しい自分でいたい」、東は「赦されたい」と願った──そのすべては、人間の内側にある“原罪”そのものでした。
タコピーの温かさと無邪気さが、それぞれの罪深さを照らし出していく。
この物語が胸を打つのは、私たち自身にもある“救われたいけど、傷つけてしまう弱さ”を、見せられるからでしょう。
──もしあなたがこの作品に出会うなら、どうか“あなた自身の原罪”とも対話してみてください。
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