『天幕のジャードゥーガル』シタラの正体を徹底解剖!史実のファーティマとの知られざる関係とは

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結論から言うと、アニメ『天幕のジャードゥーガル』の主人公・シタラはオリジナルキャラクターです。

ただし彼女が名乗る「ファーティマ」には、13世紀のモンゴル帝国に実在した女性・ファーティマ・ハトゥンという明確なモデルが存在します。

この記事では、アニメ『天幕のジャードゥーガル』序盤のあらすじを踏まえつつ、なぜシタラがファーティマを名乗るのか、そして史実のファーティマ・ハトゥンがどんな人物だったのかを丁寧に解き明かしていきます。

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シタラとは何者か?アニメ『天幕のジャードゥーガル』序盤のあらすじ

まず前提として、シタラという人物そのものは原作者・トマトスープ先生が生み出した創作キャラクターです。

史料のどこを探しても「シタラ」という名の女性が権力中枢にいた記録は出てきません。

物語の舞台は13世紀、現在のイランにあたる地域から始まります。

母を亡くし故郷からも引き離された幼い奴隷の少女シタラは、亡き学者の未亡人であるファーティマという心優しい女性に拾われました。

ファーティマにはムハンマドという息子がおり、シタラと同じ年頃です。

「勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって何をすれば一番いいのかわかるんだ」というムハンマドの言葉に、シタラは深く心を揺さぶられます。

ここでシタラは、剣でも財産でもなく「知」の可能性に自分の未来を賭ける決意をするわけです。

この設定こそが、のちの彼女の生き方すべてを貫く軸になっていきます。

それから8年後、平穏だった暮らしは一変します。

モンゴル帝国の第四皇子トルイによる侵攻で街は襲われ、主人であるファーティマは殺され、シタラは他の奴隷たちとともに捕虜としてモンゴルの首都カラコルムへと連れていかれてしまうのです。

慕っていたムハンマドのいる都までもが陥落したと知り、シタラの胸には帝国への激しい復讐心が燃え上がります。


なぜシタラは「ファーティマ」を名乗るのか?改名の経緯

奴隷という身分のままではモンゴルの権力構造には決して近づけません。

そこでシタラは、亡き主人の名――「ファーティマ」を自らのものとして名乗り始めます。

身元をより良く見せ、王族に取り入るための、戦略的な改名です。

その知恵と教養を武器にした彼女は、チンギス・カンの末子トルイの第一皇妃・ソルコクタニ・ベキの目に留まります。

ソルコクタニはケレイト族出身でネストリウス派キリスト教の信者、学問や知識への敬意を持つ当時としては珍しい人物でした。

夫トルイに頼んで『原論』(ユークリッドの幾何学書)の写本を手に入れるほどの知識欲の持ち主で、その指南役としてシタラ、すなわち「ファーティマ」を側に置くことになります。

こうしてシタラは、本来なら決して立ち入れなかったはずのモンゴル帝国の政権中枢へと、じわじわと歩みを進めていくのです。

さらに物語が進むと、シタラは第三皇子オゴタイの第六妃ドレゲネと運命的に出会います。

ドレゲネもまた征服された側の異民族出身で、モンゴルへの深い恨みを胸に秘めた人物です。

復讐という一点で結ばれた二人が手を組むところから、物語は大きく動き出していきます。


史実のファーティマ・ハトゥンとは何者か?アニメとの違い

史実のファーティマ・ハトゥンは、オゴタイの皇后ドレゲネ・ハトゥンに仕え、政治の中枢近くで活動した実在の女性です。

13世紀のモンゴル帝国において、彼女は『元史』やペルシア語史料『集史』にも名が残っています。

ペルシア系、あるいは西アジア方面の出身と考えられており、モンゴル軍による征服の過程で捕らえられ、宮廷に入ったと伝えられています。

当時のモンゴル帝国は、モンゴル人だけの閉じた社会ではありませんでした。

征服地からさまざまな言語・宗教・文化を持つ人々を取り込みながら急拡大していた、多民族国家です。

そのため、異文化の知識を持つ人物や、行政・交渉に長けた人材が重宝される土壌がありました。

1229年の「クリルタイ」でオゴタイが皇帝(カアン)に即位し、1241年にオゴタイが亡くなると、ドレゲネが次の皇帝が決まるまで摂政として帝国政治を担いました。

この摂政期にファーティマは政治へ深く関与した近臣として史料に記録されています。

息子グユクを次の皇帝に押し上げようとするドレゲネの政治的な動きを、すぐそばで支えていた人物というわけです。

※画像はAIによるイメージ

一方でファーティマの栄華は長くは続きませんでした。

ドレゲネの息子グユクが皇帝に即位したのち、宮廷内の権力関係は再び揺れ動きます。

その中でファーティマは皇族に対する呪術行為を行ったという疑いをかけられ、最終的に処刑されたと伝えられているのです。

権力交代の直後に前政権の側近が追及されるという構図を踏まえると、これは政治的な失脚という側面も強く感じさせます。

この罪状を現代の私たちが史実そのものと断定できるわけではない、という点も押さえておきたいところです。

なぜ原作者があえてこの人物を「シタラのモデル」に選んだのかを筆者なりに考えると、身分の低い立場から知識だけを武器に権力の中枢まで駆け上がり、そして急速に転落していく――という振れ幅の大きさこそが、物語の推進力として最適だったからではないかと感じます。


シタラと史実ファーティマの関係は?史実と創作の境界線

ここまでの内容を整理すると、シタラと史実のファーティマ・ハトゥンの関係は、次のようにまとめられます。

  • 共通点:「征服された側」の女性が、知識や交渉力を武器にモンゴル帝国の権力中枢へ近づいていくという骨格
  • 共通点:オゴタイの皇后ドレゲネのそば近くで政治に関与するという立場
  • 創作部分:奴隷少女シタラが恩人の名「ファーティマ」を受け継ぐという設定そのもの
  • 創作部分:シタラとムハンマドの関係、シタラの具体的な生い立ちや心理描写

つまり、「ファーティマ」という名前も、征服された側から権力中枢へ食い込んでいく女性という大きな立場も、漫画オリジナルの絵空事ではありません。

史実に実在した人物の骨格を借りながら、そこに至るまでの「本人が何を考え、どう生きたのか」という空白部分に、シタラという創作の物語を丁寧に流し込んでいる。

これが『天幕のジャードゥーガル』という作品の作り方だと考えられます。

史料には「誰が何をしたか」は残っていても、「そのとき本人が何を考えていたか」までは分からないことがほとんどです。

だからこそ、シタラというオリジナルキャラクターを主人公に据えることで、歴史の余白そのものを物語にしてしまう。

これはなかなか大胆で、知的な仕掛けだと筆者は感じます。


アニメ『天幕のジャードゥーガル』の実在人物とキャスト・監修情報

シタラの周辺を固める人物たちも、多くが実在します。

オゴタイはチンギス・カンの三男で、モンゴル帝国第2代皇帝(カアン)。1227年8月25日に亡くなったチンギス・カンの後を継ぎ、1229年のクリルタイで即位した実在人物です。

ドレゲネ・ハトゥンはオゴタイの第六妃で、もともとメルキト系の出自を持つとされ、モンゴルを深く憎んでいた征服された側の異民族出身。オゴタイの死後は実際に摂政として帝国政治を担いました。

トルイはチンギス・カンの末子で、シタラの故郷を襲った第四皇子として物語に登場します。史実でも軍事面で重要な役割を担い、父の私財を末子相続で受け継いだ人物です。

ソルコクタニ・ベキはトルイの第一皇妃。ケレイト族出身で、のちにモンゴル帝国史を大きく動かすモンケ・クビライ・フレグ・アリク・ブケという4人の息子を育てたことでも知られています。

オゴタイの第一皇妃ボラクチンについては、作中で「大カトゥン」と呼ばれ、チンギス・カンから継承された妃として描かれています。

これは「レヴィレート婚」と呼ばれる、寡婦が夫の親族と再婚する慣習に由来すると考えられ、家同士の結びつきを絶やさないための仕組みだったとされています。

ボラクチン個人の詳しい経歴については史料が限られているため、この人物像については作中描写に沿って紹介している点をお断りしておきます。

放送版では、モンゴル史・イスラム史それぞれの専門家監修が入っていることがアニメ公式サイトの作品紹介ページで案内されています。

キャストについても公式サイトのキャスト紹介ページによると、シタラ役を関根明良さん、ドレゲネ役を小清水亜美さん、ファーティマ役を桑島法子さん、オゴタイ役を下野紘さんが務めているとされています。

監修者名や配役の詳細、放送スケジュールなどは変更される可能性もあるため、最新情報はアニメ公式サイトで確認することをおすすめします。

放送開始後には第7話「兄弟」、第8話「大カトゥン ボラクチン」、第9話「天(テングリ)」と話数が進むごとに、シタラとドレゲネの絆や政治的な駆け引きへの注目度が高まっている様子もうかがえます。


考察・今後の見通し

ここからは、筆者としての見解になります。

私が『天幕のジャードゥーガル』のシタラという存在にもっとも惹かれるのは、「知識を武器にする」というテーマの選び方です。

歴史フィクションというジャンルでは、戦場で活躍する武将や皇帝が主人公になりやすいものですが、この作品はあえてそこを避けています。

学問、言語、観察、交渉。

剣ではなく、こうした地味で目立たない力の積み重ねこそが、征服された側の少女を帝国の中枢まで押し上げていく。

この構図は、単なる復讐劇にとどまらない奥行きを物語に与えていると考えられます。

他ジャンル作品との違い

同じく異民族の女性が権力構造の内側から歴史を動かす作品としては、後宮を舞台にした中華風ファンタジー群が近年多く登場しています。

それらの多くが「寵愛の獲得」を主軸に置くのに対し、『天幕のジャードゥーガル』は寵愛ではなく「学識による信頼の獲得」を軸に据えている点が際立っています。

ここが本作の独自性だと筆者は考えます。

また、史実のファーティマ・ハトゥンが最終的に呪術の疑いをかけられて処刑されたという結末を知っていると、シタラの歩みには最初からどこかひやりとした緊張感が漂って見えてきます。

史実を知る読者にとっては、「この栄華はいつまで続くのか」という不穏さそのものが、物語を読み進める推進力になっているのではないでしょうか。

今後の展開予想

もちろん、原作は現在も連載中であり、アニメとしても放送継続中の作品です。

史実のファーティマがたどった結末そのままにシタラの物語が進むのか、それとも大きく異なる道を歩むのかは、まだ誰にも分かりません。

ただ、これまでの展開を見る限り、原作者トマトスープ先生は史実とされる出来事そのものを大きく改変することはせず、その隙間に想像力を伸ばしていくタイプの作り方をしているように感じられます。

だとすれば、今後ドレゲネの子グユクが皇帝位をめぐって台頭してくる局面で、シタラは「ファーティマ」としての立場ゆえに、史実と同じく政争に巻き込まれていく可能性が高いと筆者は予想しています。

史実のファーティマが処刑に至った摂政期からグユク即位への移行期こそ、シタラというキャラクターにとって最大の分岐点になるのではないでしょうか。

個人的には、「征服する側の歴史」ではなく「征服された側から見たモンゴル帝国」という視点そのものが、この作品最大の魅力だと思っています。

強い家父長社会に突如現れた”魔女”という言葉がしっくりくるのも、シタラとドレゲネという二人の女性が、本来なら決して交わるはずのなかった立場から手を取り合っているからでしょう。


まとめ

アニメ『天幕のジャードゥーガル』の主人公シタラは、オリジナルキャラクターでありながら、13世紀モンゴル帝国に実在したファーティマ・ハトゥンという人物をモデルに据えた存在です。

奴隷の少女が恩人の名を受け継ぎ、皇后ドレゲネの側近として権力の中枢へ近づいていくという骨格は史実と重なりますが、シタラ自身の生い立ちや心理は創作です。

史実のファーティマがオゴタイ亡き後の摂政期に政治へ深く関わり、やがて悲劇的な最期を迎えたことを知ると、シタラというキャラクターの歩みにも独特の緊張感が加わってきます。


よくある質問

シタラは実在の人物ですか?

いいえ、シタラは原作者トマトスープ先生によるオリジナルキャラクターです。ただし彼女が名乗る「ファーティマ」には、史実に実在したファーティマ・ハトゥンというモデルがいます。

史実のファーティマ・ハトゥンとはどんな人物ですか?

13世紀のモンゴル帝国で、オゴタイの皇后ドレゲネ・ハトゥンの側近として活躍した実在の女性です。ペルシア系・西アジア出身とされ、政治権力の中枢に深く関わったものの、後に呪術の疑いをかけられ処刑されたと伝えられています。

ドレゲネとオゴタイも実在した人物ですか?

はい、二人とも実在人物です。オゴタイはチンギス・カンの三男でモンゴル帝国第2代皇帝、ドレゲネはその第六妃で、オゴタイの死後は実際に摂政として帝国政治を担いました。

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