──「ヒーローって、本当に“資格”が必要なんだろうか?」
『僕のヒーローアカデミア』のスピンオフとして生まれた『ヴィジランテ -ILLEGALS-』は、そんな問いを真正面から投げかけてくる異色作だ。
本編の華やかなヒーロー社会の裏で、誰にも称賛されず、法にも背きながら、それでも人を助ける者たちがいる。
この物語に触れたとき、あなたはきっと「もう一つのヒロアカ」を知ることになる。
だけど、少し待ってほしい。
『ヴィジランテ』を手に取る前に、知っておくと何倍も味わい深くなる“順番”と“時系列”がある。
この記事では、「ヒロアカとどう繋がるのか?」
「どこから読めばいいのか?」を丁寧にひも解いていく。
感情の地層を掘り下げるように──この物語が私たちに何を伝えようとしているのかを、いま一緒に見つけてみよう。
『ヴィジランテ』とは? ── “資格なきヒーロー”たちの肖像
『ヴィジランテ』とは、『ヒロアカ』の世界観を借りながらも、まったく異なる“問い”を描いたスピンオフ作品。
原作は古橋秀之、作画は別天荒人。連載は2016年から2022年──全15巻で完結している。
主人公は、どこにでもいる普通の大学生・灰廻航一(ザ・クロウラー)。
正規のヒーローライセンスを持たない彼は、それでも「困っている人を見捨てたくない」と、夜の街を見回り続ける。
この作品が語るのは、“正義”のもう一つのかたちだ。
拍手も称号もない日々。それでもなお誰かを守る、その姿を「ヒーロー」と呼ばずして、何と呼べばいい?
そして何より──この物語では、若き日の相澤消太(イレイザーヘッド)や、ステインの前日譚が描かれている。
彼らの信念はどこから来たのか? その“根っこ”を知ることで、本編の重みが変わってくる。
『ヴィジランテ』の時系列:ヒロアカ本編との関係
『ヴィジランテ』の物語が始まるのは──『ヒロアカ』本編の約5年前。
つまり、雄英高校に緑谷出久(デク)が入学する、ずっと前。
まだ“オールマイト”が象徴としての輝きを保っていた頃だ。
この時代背景が、作品に独特の空気をもたらしている。
ヒーロー制度はすでに存在しているけれど、
社会全体が“ヒーローであること”にまだ手探りで、制度と倫理の隙間があちこちに残っている。
そんな隙間で、誰にも知られず戦っていたのが──「ヴィジランテ(自警団)」という存在だ。
「本編キャラ」たちはどこにいる?──“過去”としての現在
- ● 相澤消太(イレイザーヘッド)は若きプロヒーローとして登場。まだ教師ではない。
- ● ステインは“ヒーロー殺し”として名を馳せる前の青年──彼の思想が生まれる瞬間が描かれる。
- ● オールマイトも登場するが、やや背景寄り。全盛期の象徴として、圧倒的な存在感を放つ。
つまり、『ヴィジランテ』は本編の前日譚というより──「今あるヒロアカの土台」を描く作品だ。
キャラクターの過去を知ることで、私たちは彼らの“選択”の重みをより深く受け取ることができる。
たとえば、本編で生徒たちを守り続けるイレイザーヘッドの無骨な優しさ。
それが“彼自身の痛み”から来ていると知ったとき──その行動が、まったく違って見えてくる。
読む順番のおすすめ:『ヴィジランテ』と『ヒロアカ』
『ヴィジランテ』と『ヒロアカ』──
この二つの物語は、時系列的には「ヴィジランテ → ヒロアカ」の順で続いている。
けれど、「読む順番」となると話は別。
その選び方で、物語の感じ方がガラッと変わるのだ。
📘 1. 『ヒロアカ』を先に読むなら ─ “伏線を拾う快感”を味わいたい人へ
まず本編で、デクたちの成長や社会のヒーロー観をしっかりと体感してから、『ヴィジランテ』へ戻る。
この順番の醍醐味は、「あのキャラの過去、ここで語られてたのか!」という発見の連続にある。
・相澤先生の冷徹さの奥に、どんな仲間との過去があったのか?
・ステインの歪んだ正義感は、どこから生まれたのか?
・オールマイトの“象徴”という言葉の裏にある孤独は──?
“あのシーン”の背景を知った瞬間、物語は「理解」から「共感」へと深まっていく。
📗 2. 『ヴィジランテ』を先に読むなら ─ “もうひとつの正義”から世界を覗く
逆に、まず『ヴィジランテ』を読むことで、
この世界のヒーロー社会に潜む矛盾やグレーゾーンを知った上で『ヒロアカ』に進むルート。
これによって、本編で語られる制度や価値観に対し、読者自身が「もう一つの視点」を持つことができる。
──「この制度、本当に正しいの?」
──「“ヒーロー”とは、誰が決めるんだろう?」
そうした問いが心に残ったまま読む『ヒロアカ』は、もはや“ただの王道少年漫画”ではなくなる。
🔰 結論:あなたに合った読み方は?
- キャラをもっと深く知りたい人 → 『ヒロアカ』 → 『ヴィジランテ』
- 世界観の歪みに触れたい人 → 『ヴィジランテ』 → 『ヒロアカ』
どちらが正解というわけではない。
大切なのは、「どんな感情でこの物語を味わいたいか」だ。
“順番”は、物語の構造そのものを変えてしまう──それが、二重構造のスピンオフの面白さである。
『ヴィジランテ』の主要キャラクターとヒロアカ本編への影響
『ヴィジランテ』という物語の魅力は、「もう一人のヒーロー」の存在にある。
ヒロアカ本編で語られることのなかった──いや、語られなかったからこそ響く“余白”が、ここにはある。
🔹 灰廻航一(ザ・クロウラー)──“普通”を守る異端のヒーロー
主人公・灰廻航一は、デクのように“壮絶な才能”を持っているわけでもない。
むしろ、地味で、少し間が抜けていて──でも、誰よりも“見過ごされた人”を見つけてしまう。
彼の個性「スライド」は、地面を滑るという地味な能力。
でもその地味さこそが、「派手さの外にある正義」を象徴している。
ヒロアカ本編には登場しない彼の存在が、それでも物語全体に“陰の支柱”のような余韻を与えているのは、
「誰にも知られなくてもヒーローであろうとした人間」という、失われがちな尊さを背負っているからだ。
🔸 ナックルダスター──“ヒーローをやめた男”の贖罪
元プロヒーローにして、今は自警団の活動に身を投じる男。
力も規範も持たない彼が、それでもヒーローであろうとする姿は、まさに「理想なき正義」の化身。
このキャラクターがもたらすのは、ヒーローという存在の脆さと、“暴力と信念”の境界線に揺れる葛藤だ。
本編には直接的な登場はないが、ナックルダスターのような存在がいたからこそ、
今のヒーロー制度が形作られた──そんな“影の起源”として、社会構造への含みが強く描かれている。
🔸 ポップ☆ステップ──社会に居場所を持てなかった少女の“希望”
彼女は、違法な手段で目立とうとする“元アイドル”。
その背景には、社会に適応できなかった若者たちの孤独や焦燥が見え隠れする。
ポップは、“ヒーロー”になりたかったわけではない。
でも、ザ・クロウラーやナックルダスターと出会うことで、自分にも人を救える場所があると信じられるようになる。
彼女の成長は、特に若い読者にとって強く響くはずだ。
──そして何より、『ヴィジランテ』ではステインの過去が描かれる。
彼が“ヒーロー殺し”になる前、何に絶望し、何に理想を見出してしまったのか。
彼の原点を知ることで、本編での“異質さ”の深みが何倍にも増して感じられるだろう。
『ヴィジランテ』で描かれるヒーロー社会の裏側
『ヴィジランテ』が本編と大きく異なる点──それは、“制度の外にいる者たち”の視点で物語が描かれていることだ。
『ヒロアカ』では、国家資格である「プロヒーロー」という存在が前提にある。
それはつまり、「正義にはルールがある」という社会的な枠組みの肯定だ。
だが『ヴィジランテ』は、その前提に疑問を投げかける。
「正義」は、免許制でいいのか?
たとえば、ザ・クロウラーは人を救う行為をしているにもかかわらず、
法的には“違法行為”として扱われる。
どんなに真剣でも、どんなに誠実でも、資格がなければ「ヒーロー」として認められない。
──それって、本当に“正義”なのか?
『ヴィジランテ』は、そんな制度の矛盾を見つめながら、
誰にも知られず、名もなきまま“人のため”に行動する者たちの尊さを浮き彫りにしていく。
“ヒーローになる”とは、“ヒーローを信じる”ことでもある
本編のデクが「最高のヒーローになる」と誓うのは、オールマイトを信じたからだ。
では、ザ・クロウラーたちは誰を信じていたのか?
彼らが信じたのは、目の前で泣いている誰かであり、夜の街の隅にある声なき声だ。
制度の外でも、社会に居場所がなくても、
「人は、誰かの希望になれる」──
その祈りのような信念が、この作品には込められている。
だからこそ『ヴィジランテ』は、“物語”としてのヒーロー論ではなく、“社会”としてのヒーロー観にまで踏み込んでくるのだ。
『ヴィジランテ』を読むことで深まる『ヒロアカ』の理解
『ヴィジランテ』を読み終えたあと、『ヒロアカ』本編を再び開くと──
何気ないセリフが、まったく違う響きを持って聞こえてくる。
登場人物たちのまなざしに、かすかな“痛み”や“迷い”が宿っているのを感じ取れるようになる。
「背景」が見えると、「信念」が刺さる
たとえば、相澤消太(イレイザーヘッド)。
本編では冷静沈着な担任教師として描かれる彼の、無言の優しさ。
その理由が、『ヴィジランテ』を読むことで浮かび上がる。
──あの出来事があったからこそ、彼は「生徒の命を最優先」にする人になった。
──あの喪失を経験したからこそ、あの場面で「迷わず動けた」。
背景を知ることで、キャラクターの“現在”がより鮮やかに、そして深く見えてくる。
ステインの「異質さ」が、世界への問いになる
『ヒロアカ』の中で、最も強烈なインパクトを残したヴィラン──ヒーロー殺し・ステイン。
彼の思想は、単なる狂信や暴力ではない。
『ヴィジランテ』を通して見えるのは、絶望の中で生まれた“理想のヒーロー像”だ。
「本物のヒーローとは何か?」という問いが、彼の過去から立ち上がってくるとき、
彼の存在は“敵”ではなく、“社会の歪みが生んだ鏡”として読み直される。
世界観が「広がる」だけでなく、「深まる」
本編では描かれなかった路地裏や、無名の人々の暮らし。
その細部に触れることで、『ヒロアカ』の世界はただ“広い”のではなく、“奥行きがある”と感じられる。
制度、道徳、力、社会──
それぞれの価値が交錯するこの世界で、何を信じ、どう立ち続けるか。
『ヴィジランテ』を読むということは、『ヒロアカ』という物語の土台に、もう一本、静かに柱を打ち込むということなのだ。
まとめ:『ヴィジランテ』を読むべき理由
『ヴィジランテ』は、ただのスピンオフではない。
それは、“誰にも知られなかったヒーローたちの記録”であり、
“ヒーロー制度という社会の裏側”を照らす光でもある。
私たちは本編で、デクたちのまぶしい成長に心を打たれる。
けれどその裏で、制度に拾われなかった者たちがいたこと。
誰にも評価されず、ただ自分の信じた道を歩き続けた人たちがいたこと。
『ヴィジランテ』は、その「陰のヒーロー譚」を静かに、でも確かに描き切った。
だからこそ、この物語を読むことで──
『ヒロアカ』という作品そのものが、もっと血の通ったものに変わっていく。
📚 どんな人におすすめか?
- ● 『ヒロアカ』をもっと深く味わいたい人
- ● 相澤先生やステインなど、サブキャラの過去が気になる人
- ● ヒーローという存在を、制度や社会の視点から考えてみたい人
- ● 影の中にある「優しさ」や「信念」に弱い人
2025年にはTVアニメ化も決定し、ますます注目が集まる『ヴィジランテ』。
でも、できれば一足先に、漫画でその物語の“体温”を感じてほしい。
それはきっと、あなたが『ヒロアカ』という物語に出会った理由を、
もう一度思い出させてくれるはずだから。
「ヒーローは、いつも光の中にいるわけじゃない」
──そんな当たり前を、もう一度胸に刻む旅へ。
ぜひ『ヴィジランテ』を、あなたの読書リストに。
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